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時には昔の話を:もう一人のポルコロッソ

1992年に公開された宮崎駿監督の長編アニメ『紅の豚:ポルコロッソ』。それ以前やそれ以降の宮崎作品とひと味違う映画です。
もともとこの映画は模型雑誌に宮崎監督が掲載した『飛行艇時代』を原作として30分程度の日本航空機内映画用として企画されたようなのですが、どんどん構想が大きくなり劇場用映画として公開されたようです。機内映画が来本意あるという事はそれを見る人々が主にビジネスマンであるという前提がありました。大人(とくに男性)がみて魅力的な舞台が用意されたのですね。物語は第一次世界大戦後、大恐慌が到来するちょうど手前の時代を背景に元イタリア空軍パイロットであった主人公が厭戦気分になったのかどうか定かではありませんが自ら魔法をかけて豚になって、海賊ならぬ空賊からクライアントを守る賞金稼ぎ稼業をしながら空を飛んでいるという筋書きになっています。格好は豚ですがその振る舞いがカサブランカのハンフリーボガードのようなかっこよさです。『飛ばねぇ豚はただの豚だ』等という台詞をはきながら男らしさを醸し出しています。森山周一郎の声がとっても似合っていました。
初飛行 Porco Rosso

ポルコロッソの活躍する舞台はアドリア海。この映画に出てくるのは男臭い男達。空賊(マンマユート:まま怖いよ軍団)のボスでさえ人情に厚い男に描かれています。主人公が心を寄せるホテルアンドリアーノのマダムジーナ(声:加藤登紀子)と優秀な整備士の女の子フィオピッコロがからむ淡い愛の感じがするお芝居になっています。昔を見つめてあの頃はという話になるような素敵な映画でした。下の写真はアドリア海の名勝ドブロブニク旧市街(クロアチア)。
アト#12441;リア海 Adriana Sea
右側の地図でアドリア海の位置がわかりますね。イタリア半島とバルカン半島に挟まれた地域です。ローマとドブロブニク市の位置関係を示しています。この地域はいろいろな人種が交錯し第一次世界大戦の発端となったサラエボ事件も起こっています。地政学的に難しい地域ですね。しかしそのような人間の事情とは別に自然はこの写真のようにたいそう美しいものです。

主人公が操る飛行艇はサボイヤS21型の改良機となっていますが、じつはこれ宮崎監督の創作で、実際のサボイヤS21と呼ばれた飛行艇は複葉機だったそうです。参考にしたのは左下写真のマッキM33という飛行艇です。改良後にエンジンは原作ではロールスロイスのケストレルとよばれる750馬力のものですが、映画ではこれがフィアットAS.2約800馬力に変わっています。つまりイギリス製のエンジンからイタリア製のエンジンに変えているのですね。宮崎監督のこだわりがひょっとするとあったのかもしれません。ところでエンジンの筐体にはよく見るとGHIBLI(ジブリ)と刻印がうたれていました。

機体の色は赤、当時レーシングカーでイタリアはフェラーリなど赤がナショナルカラーだったそうです。サボイアS21の尾翼にはポルコロッソの出身地であるジェノバの市章旗を形どったシンボルが書かれていますが、イタリア軍の飛行機の尾翼には当時通右下の紋章が描かれていたという話もあります。まあポルコロッソはもう軍人ではなかったので彼独自の紋章を付けていたとの設定ですね。

Macchi_M33.jpg 800px-Flag_of_Italysvg.png



下の本が原作が掲載されている飛行艇時代です。中には原作物語とサボイヤS21やその他紅の豚に登場する飛行艇の話が盛りだくさん述べられています。
飛行艇時代―映画『紅の豚』原作飛行艇時代―映画『紅の豚』原作
(2004/10)
宮崎 駿

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この映画のエンドロールに流れる加藤登紀子さんの歌、『時には昔の話を』を聞いているとまさしく自分の若い時代の事を思い起こします。この歌を選んだ宮崎監督のメッセージはこの映画がけっして子供向けの話ではなく少し疲れた大人の映画に捧げるものだと感じます。宮崎駿監督や加藤登紀子さんは1940年代前半に誕生し60年安保を多感な年代のときに経験しました。戦後が終わって次の世界に入る手前のまさに日本がこれからどこに向かうかを肌で感じる世代だったのでしょう。それが30年程経って出来上がったのが紅の豚。彼らより約10年程遅れて生まれてきた私には70年安保の年がまさしくそのような熱い経験をした時期になりました。周りが新しい時代に入っていく息吹を感じる貴重な経験をしたと思っています。

ピアノスコアの一部:1986年9月25日にリリース。1992年の紅の豚のエンドロール音楽に使用され広く知られるようになりました。ごく普通の暮らしをしている中年になったある日、遠くを眺めながら振り返る..若くて無鉄砲な生き方をしていた頃の自分と仲間を思い出す歌詞がなんともいえません。
時には昔の話を


さてここからはもう一つの話題、実在したポルコロッソともいうべき飛行機野郎。こちらの主人公はイギリス人。
Alfred1.jpg 1905年に写真家としてのキャリアを始めたアルフレッド・ブッカム(Alfred Buckham)がその人です。子供時代は病気がちで医者から両親は田舎で暮らす事を勧められました。学校に通学する事も難儀な事だったので叔父に学問を教えてもらったぐらいです。しかしそのような病弱を克服し少年は空を飛ぶ事と写真を学び飛行写真家になりました。多いに驚くべき事はあれだけ弱い子だったのが強い嵐の中での機上からの撮影を好むようになっていた事です。第一次世界大戦では空軍の偵察カメラマンとして飛行機に搭乗しました。自ら乗っている飛行機の機影を写真フレームの中に入れる事を嫌った彼は危険も顧みず足をフレームに縛り付けて翼の上に立って撮影を行ったのでした。人事で9度の墜落を経験して8度は無傷でしたが、9度目の墜落で気道切開の手術を受け小さなパイプで呼吸をしなければならない人生を送ります。が、その後も引き続き撮影をしたそうです。空からの視界を執念をもって撮り続けたと言っても過言ではなさそうです。

悪天候に果敢に挑んだ写真があります。左下の写真は1916年10月10日の墜落現場。彼は無傷だったのですが、残念な事に操縦士は2日後に死亡。右下の写真は砲塔に作られた滑走プラットフォームから今まさに飛び出そうとする彼の飛行機の瞬間。今から考えると随分乱暴な行動のようですね。
Crash.gif GunPlatform.gif

アルフレッドブッカムの業績を記録したオフィシャルサイトがあります。↓
Captain Alfred Buckham Official Site (英語)

彼の作品をまとめた動画を作りました。素晴らしい写真を堪能してください。


後年『星の王子様』の作品などで有名で宮崎駿監督も好きな郵便飛行の操縦士サン=テグジュペリも同じような景色を見ていたのでしょうか。下の本はサン=テグジュペリ(愛称サンテックス)の『夜間飛行』という本です。表紙は宮崎駿作品です。

夜間飛行 (新潮文庫)夜間飛行 (新潮文庫)
(1956/02)
サン=テグジュペリ

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