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「栄枯盛衰の経済理論」ってあるのでしょうか。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

平家物語

上記は殆どの人が知っている平家物語の第一巻の書き始めの言葉ですが、平家にかかわらず物事には必ずはじめがあって終わりがあるという誰も逃げられない運命と言うものがありますね。これは当たり前の話ですがそのときそのとき瞬間ではあまり認知していないというのが一般的ですね。明日が今日に延長でいつまでも続くような錯覚。

最近経済界でもいろいろな興亡がありますが、とくに先端技術を応用した製品のライフサイクルがどんどん早くなって来ていると感じます。

下図をご覧ください。5年前の携帯電話のメーカー別シェアが示されています。
携帯シェア

さて、それがここ5年間でどのように変わっていったか。

そのまえに、下記の写真を見てください。左がNokiaのスマートフォン、右がおなじみのiPhone。
nokia-n9-family.jpg iPhone.jpg
この2枚の写真は興味深い物語を示唆していますね。ノキアの写真はノキアの製品。ノキアの顔が見えません。所謂ハード機能そのもの。アップルはiPhoneというよりはSteve Jobsが象徴的。ノキアは製品を売ってアップルは使い方を売ったのですかね。勝負の舞台が違うという事でしょうか。

さて勝負はどうなったか?もうご存知ですね。
携帯シェア推移

2007年2QではNokia(ノキア)が60%以上のシェアを持っていてほとんど何もなかったAppleが2011年Q4では75%近いシェアをとってしまい、ノキアのシェアは殆どなくなっていますね。この間はたった5年です。新しい製品を考え、工場を企画して完成してそこから商品が出て行くまでは数年かかります。この推移を予測して前もって手を打っていてもシェア奪還に間に合わない事請け合いです。ノキアは無能な経営者によって運営されて来た会社ではないはずです。マーケティングなどもしっかりおこなわれていると思いますし、それを支える技術も確固たる物を持っていると思います。しかしながらアップルに市場を奪われていったのはなぜでしょうか?

ノキアはよく顧客の要望を聞いて製品を作り込んでいったのではないでしょうか。アップルはそれと反対で、あまり顧客の事を聞いていた気配がありません。自らの感性をもとにビジネスモデルを創ったのではないでしょうか。その結果、顧客が思いもよらなかった使い方がCOOLに思えたのでしょう。

一方今は安泰でもSteve Jobs亡き後のAppleにしてもこのまま我が世の春を満喫できる時間がどれ位許されているのか?誰にも分かりません。我々はこのような世界にいるのですね。昔は会社の寿命は50年位と言われていた時代もありました。それにくらべて5年の劇的変化は我々の働く時間に比べてもかなり短い、つまり何を拠り所にして仕事をしていくかが今後大きな課題になってきます。

さてここからが本題なのですが、なぜこのようなことがいろいろな分野で起こりつつあるのでしょう?人情として栄えている時間はずーとそのまま続くのがいいに決まっているのだしその延伸の努力をどのようにすべきなのか。結果としての失敗例が上記のノキアのケース以外にも沢山あります。銀盤フィルムの巨人コダックの凋落と富士フィルムの華麗なる転進、最近の日本半導体メーカの苦戦とサムソン、などなど。それではアップルや富士フィルムはなぜ成功したのか?会社が新しく変化について変わっていけたからなのか?これは経営者の慧眼によるものなのか?全然別の切り口もあります。前述したようにこの戦いに参加している会社の経営者は決して馬鹿ではありません。それなりに高レベルな賢さを持っていますよね。社内の競争を勝ち抜いた勝者でもあるのですから。経営者の能力だけで大差がつくような事にはならないと考える方がもっともらしい。したがって成功者と失敗者の微妙な違いは、先日述べた「たまたま」という本についての考察がありますが、経営者の能力に関わらずたまたまいい環境に入ったので成功したのか?たまたま外れてしまったので失敗したのか?

もし会社が身軽な体質ならば、サーフィンに例えて海面のたまたま発生するいいビジネスチャンスを捉えてその上を波乗りし続けていくのが成功する処方になってしまうのか?其の反面、石の上にも三年という達磨さんの教えを是とするような重厚な産業においての変遷などとのような折合いをつけるのか?

このような技術製品の栄枯盛衰メカニズムを分析した本にハーバードビジネススクールのクリステンセン教授が著した「イノベーションのジレンマ」という本があります。この本はとくに先端技術が拮抗するであろう産業で革新的な技術が従来技術を凌駕して同じドメインのビジネスの主導権を奪っていくという事象例を分析しています。必ず優等生的な仕事をしている会社が陥るかもしれない罠が書いてあります。罠に陥る会社とは、たとえば新製品を開発することによってどれだけ市場を占有できるかなど、綿密に調査した内容に従って開発予算と項目を決めているような会社の事です。つまり所謂エクセレントカンパニーと呼ばれている会社がかえって技術革新がドライブする市場では凋落の可能性が高くなるかもしれないという理論を提唱したのです。出版時は大きな関心が寄せられた書物です。

しかし未来にどのようなことが発生するかをミクロの視点から予測する事はされていません。何が過去におこったかはよく分析されていて今後も同じようなことが起こるという事も分かりますがあくまでそれはマクロの話で、本当の意味で其の理論を使いたい個々の会社でのミクロの予測が出来ないのですね。クリステンセン教授もこの本の続編を書いていて予測の域に挑戦をしていますが、この本に書かれている分析の鋭さに比較して予測はやはり矛先の鈍さを感じます。やはり「たまたま」理論が当てはまるのでしょうかね。

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)
(2001/07)
クレイトン・クリステンセン

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もう少し深層のところになにか基本的なモメンタムを起こすためのマグマのような運動力があるのか?いまの経済ダイナミックスを研究してる理論は皮相的な現象を追っているのにすぎないか。なかなか疑問は晴れません。私個人の考え方としてはこの記事の始めに述べたように物事には終わりがあるのに、其の終わりを想定していない、疑似継続願望とでも言いましょうか、明日が今日と同じという瞬間瞬間しか考えられないという我々の性(さが)がこのような予測できない負けの現象を引き起こしているのではないか?とも考えられるのではないでしょうか。全ての起こりうる事柄を前提にしてそれに対処する経営方法など求めてもないのかもしれませんね。経済法則よりはもっと厳密な数学の世界でもユークリッドやビルベルトが公理から出発してすべての問題を証明できるという考え方を持っていましたが、ゲーデルが全ての問題を証明できるとは限らないという不完全性定理なるものを出してしまったのですから。

さらに平家物語のように、このような変化はたんに春の梅や風前の塵のようなもので大きな自然の営みの中では大事なことではないのかもしれぬと悟ってしまうのか。このテーマはもう少し今後も掘り下げていきたいと思っています。







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