プロフィール

kazutabakun

Author:kazutabakun
好奇心旺盛でいろいろなことに興味を持つタイプ。

最新記事
Amazon
時計
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
FC2ブログランキング
気に入ったら下記をクリックしてください。

FC2Blog Ranking

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

越中島貨物線を散策(その2)

一日38万人が乗降する日本の中心というべき東京駅について前回述べましたが、その東京駅から約5Kmぐらいしか離れていない所にローカル線があります。電化もされていなくて、単線のレールが敷かれ一日に往復3階の貨物列車が運転されているのどかな路線です。2010年に一度記事にした越中島貨物線がそのローカル線です。

この貨物線はもともと新小岩を起点として総武本線に平走し亀戸から独立した線路を江東区を縦断する形で走り、途中小名木川貨物駅、越中島を超えて豊洲方面に伸びていた路線です。

いまは越中島から豊洲方面は廃線になっています。通常の貨物配送は行われていなく、越中島工場で溶接接続されたロングレールを全国に配送する貨物列車が一日3往復走っています。そのため途中の小名木川貨物駅も廃止されその跡はイトーヨーカドーのショッピングモール「アリオ北砂」になりました。日曜祭日は運休しており、稼働しているのはウィークデイのみ。近くに住む普通のサラリーマンのお父さんはこの線を列車が走ってる事すら知らないでしょう。途中4カ所踏切がありますが、前述したように永代通りの踏切は東京駅から5Km以内という近さです。

さて健康保持の散歩をかねてこの貨物線沿線を歩いてみました。今回は永代通りの踏切をスタート地点として首都高速7号線の下をくぐる鉄橋までの風景を写真に撮りました。(写真をクリックすると大きくなります)

DSC01185_2.jpg(写真A) 左の写真はこの線を走る貨物列車(前回のブログの写真と同じもの)。 DE10という2軸動輪と3軸動輪を持ったローカル線牽引と入替用のディーゼル機関車です。蒸気機関車の後継機として全国に配備されました。貨車は特殊な物でロングレール搬送するためのものでチキとよばれています。ここに使われているのは多分チキ7000かチキ5500と呼ばれる貨車でしょうね。


IMG_8450_1_2_tonemapped.jpeg(写真B) 永代通りの踏切から北側を見た景色です。この線は元々複線だったのですが、輸送量が減ったために単線になりました。永代通りも沢山の交通量がありますが、運転回数が少ないためこの交差を立体交差にする必要もないようです。踏切には遮断機はついていますが、信号機で交通整理していますので道路交通法では普通の踏切のように一旦停止の必要はありません。線路の周りはビルが立ち並んでいてさすがに都区内という感じですが、線路そのものはローカル線の匂いがプンプンします。


IMG_8459_60_61_tonemapped.jpeg(写真C) 永代通りの踏切から北に400m位の所にある緑道公園にある高架鉄橋。下を都電38系統が走っていました。ガード下の注意書きのプレートには「城東電軌」という名前が見えますが、この都電の軌道はもともと城東電気軌道という私鉄であった名残です。
都電
右上の写真は都電が走っていた頃の同じ場所のもの。

IMG_8462_3_4_tonemapped.jpeg(写真D) 葛西橋通りの踏切を超えて50m位北のガード。仙台堀川を越える線路。ガードがあまりにも低いので「頭上注意」の注意書きがあります。川の南側(向かって左側)には古い金属加工の工場がありますね。ここは親水公園になっていて、つりをする人や散歩の人が楽しんでいます。運がよければいろいろな野鳥(カワセミなど)を観察する事も出来ます。この辺から亀戸まではもう踏切がなくなり線路は盛土で交差は全て高架のガードになります。この写真の右側(北側)になりますが、線路の空き地があたらしく南砂線路公園として整備されています。散歩の親子がたまに通る貨物列車を見る機会があります。


南砂線路公園を少し行った所は昔小名木川貨物駅があった所です。いまは「アリオ北砂」ショッピングセンターになっています。線路はこの後小名木川を越えます。初めてのトラス橋です。写真Fは橋桁に使われているレンガ。建造当時の物でしょう。相当古いのですが、まだがっちりしています。
IMG_8468_69_70_tonemapped.jpeg IMG_8471_2_3_tonemapped.jpeg
(写真E)と(写真F)

IMG_8474_5_6_tonemapped.jpeg(写真G) 明治通から撮影した貨物線のトラス橋。小名木川は江戸時代に作られた運河で中川と隅田川を結んでいました。江戸時代には運河沿いに作業所などがあり船が一大交通手段でした。小名木川は地方から送られて来た荷物を江戸の中枢日本橋界隈に運ばれるために作られた重要な運河でした。当時は陸運より海運の方が進んでいたのですね。ご覧の様に隅田川まで一直線です。小名木川の名前の由来は幕府が小名木四郎兵衛にこの運河を作らせた事から来ています。この川から北側を当時は深川と言ったそうです。

IMG_8477_8_9_tonemapped.jpeg(写真H) 小名木川から北側へ約100m位の場所に架かるガード。科学技術高校沿いの通りになります。小名木川からここまでは線路沿いに歩けないので、明治通を歩きます。近くには高層のツインタワーマンションが見えますね。

IMG_8480_1_2_tonemapped.jpeg(写真I)上記の通りから50m位線路沿いに歩いた所。この辺は盛り土になっていますので、街が分断されていますがこの高架橋で行き来が出来るようになっています。道幅が狭いのでこの辺は一方通行が多いようです。ガードを作っている石積の土台が年代を語っています。土台はやはりレンガ造りです。交通量が少ないのでバイクが駐輪していますね。

IMG_8489_90_91_tonemapped.jpeg(写真J) さらに200mを線路伝いに北上すると新大橋通りに出ます。片側2車線の幹線です。新大橋通りはこの辺では東西に走っていますが、隅田川を越えてから徐々に南北に走るようになり、築地市場の前を通って浜離宮がある汐留の交差点まで通じています。所謂環状道路ですね。この道の地下を都営地下鉄新宿線が走っています。

IMG_8492_3_4_tonemapped.jpeg(写真K) 上記写真Jの位置から200m位北に進むと狭い道ですが大島銀座通り商店街に出ます。明治通から始まってこの高架橋のあたりまで150m位の長さの商店街ですが、人がいなくって寂れています。地下鉄の西大島駅から徒歩3分位の所なのにこの状況は?この哀愁を帯びた景色を見ていると東京にいるというよりはどこか地方の都市にいるような気になります。看板だけが昔の面影を残しているのでしょうか。

IMG_8501_2_3_tonemapped.jpeg(写真L) まだまだ線路沿いを進みます。そうすると首都高速7号線小松川線の通りにでます。ここにも小名木川と同じような運河があり、竪川(たてかわ)と呼ばれていました。
橋の名前も隅田川から一乃橋、二乃橋、三乃橋、四乃橋、五乃橋等と順番になっていて、二乃橋を通るのが清澄通り、五乃橋を通るのが明治通ですが、三乃橋と四乃橋を渡る通りはそれぞれ三ツ目通り、四ツ目通りとなっています。三ツ目、四ツ目等は面白い名前ですが、この橋を通るという所から命名されたのですね。ちょっとしたトリビアです。
この竪川の上を貨物線を通したときにこの越中島線の2個目のトラス橋が設けられましたが、その後竪川が暗渠になりその上に親水公園が作られています。貨物線が通った跡に首都高速の工事がありこのトラス橋は首都高と親水公園に挟まれるようになりました。この中では一番古い建造物です。ちょっと鉄橋が窮屈そうにみえます。

越中島貨物線地図ここまで永代通りから約3Kmの散歩でした。今まで話をして来た場所の位置関係を左側の地図であらわします。普段はこのような所を歩かないので気がつかない事も散歩をしてみると新たな発見があって面白いですね。ここの貨物線の建造物などは相当長い年月を経た物で今も昔のままで佇んでいるようです。周りがどんどん変わっていくのをどのように見ているのでしょうかね。

さてこの辺で少し疲れたので、永代通りまでの帰途は「都07系統」の都バス(都電38系統を継続した路線)に乗ってしまいました。



スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。