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物理学者列伝(1):量子力学とディラック

学校で修学する物理等の学問は一見数式の羅列が多く無味乾燥な感じがするのですが、物理も人間が構築した作品であり、その舞台裏は、昔から連綿と続く人々の苦悩、努力、忍耐、挫折、喜びの織りなすドラマがある事は間違いがありません。この稿ではとくに20世紀前半に大きく発展したミクロの世界を表現する言語と位置づけられる量子論を発見した物理学者について述べたいと思います。理論の内容をここで縷々と説明することは屋上屋を重ねることになりますからそれは脇に置いて、それぞれの学者がどのようなアイデアで素晴らしい結果を導くことができたのか?その謎に私なりに迫ってみたいと思います。

  Dirac_4.jpg
ポール・エイドリアン・モーリス・ディラック

まず私が注目する人は、ポール・ディラック(1902-1984)。イギリス西南部の工業都市ブリストル市にフランス人の父チャールズ・ディラックと地元出身の母フローレンスの基で次男として生まれました。家庭内で絶対君主として君臨した父チャールズの影響で幼少の頃からきわめて口数の少ない感情を表さない人間に育ったようです。ところで1984-1985年にかけて私はブリストルを何回か訪ねたことがあります。ブリストルは長くイギリスの工業都市として栄えていましたが、もうその頃は過去のような面影が少なくなっていました。エイボン川に架かるクリフトン吊り橋(1864年竣工)など、産業革命のにおいが残っている町でした。ロールスロイスの飛行機用エンジン工場などがありました。ここでディラックは将来のエンジニアとして教育を受けたそうです。しかし元々工場で働くような気質ではなかったようで、1915年にアインシュタインが発表した一般相対性理論に触発されたりして物理の道に進んだようです。ディラックにとってアインシュタインはヒーローであったのでしょう。ただブリストルでのエンジニアとしての教育は製図、射影幾何学など彼の理論展開に他の物理学者ではできない何か別の観点を植え付けたようでもあります。その後幸運な機会があってケンブリッジのセントジョーンズカレッジで数学を学びその後当時誕生間もない量子力学に関する理論構築で多大な貢献を行いました。

0045.jpg
クリフトンサスペンションブリッジ ブリストル

ディラックは無口であったと伝えられています。必要最小限の単語でしか話さない。いろいろな逸話が残っています。ケンブリッジの仲間が考えたジョークに一時間あたり一言しゃべる事を1Diracという単位をつけたとか。

不思議の国のトムキンスや宇宙のビッグバンで以前このブログに登場してもらったジョージガモフが彼の著書"Thirty Years that shook Physics"のなかでディラックについて面白い事を書いています。直接ディラックと仕事をしたガモフの話は真実みがありますね。ディラックの人となりを見る為に少し長くなりますがここに転載します。

DSC01731.jpg
ガモフ:Thirty years that shook physics

エピソード(1)多くの理論物理学者にあるように日常的な事を理論化する事が好きだったようです。あるコペンハーゲンのパーティでの話。どの位の距離で女性を見れば最も美しく見えるかという話で盛り上がったところ、ディラック先生曰くd=無限大だと何も見えない。d=0だと肉眼では顔の輪郭がひずむし、しわ等が誇張されるだろう。したがってその間に適正値がある。ガモフが聞いたそうです。『ポール、君はいままでどの位近くで女性を見ているの?』ディラックは手のひらを2フィートほど離して『これ位かな。』と言ったとか。

エピソード(2) ディラックはハンガリーの物理学者ユージンワイグナーの妹と結婚しましたが、ある日彼の家に友達が来た時、お茶をいれてくれてソファーでくつろぐ魅力的な女性がいたので怪訝な感じで『はじめまして』というと、ディラックが『ああ失礼、紹介するのを忘れていた。こちらが..ワイグナーの妹です』!!奥さんの名前を忘れた??

エピソード(3) 学会等でディラックは時々ユーモアを示したようです。仁科芳雄がクライン・ニシナの有名な式(電子とガンマ線の衝突)の導入を黒板を使って書いていました。ところがどこかで間違えて式の2項目の符号がプラスの所をマイナスとしてしまいました。予稿集にはプラスと書いてあったので、誰かが質問をしたら仁科が『私はどこかで間違えたようです』とつぶやくとディラックが『それは奇数の場所だよ』と言ったとか?偶数だと符号がかわらないという比喩だったのかと。

エピソード(4) ディラックの友達のカッピア(ロシアの物理学者)がドストエフスキーの罪と罰をディラックに紹介しそれを読んだあとカッピアが聞いたそうです。『感想は?』ディラックが応えて『素晴らしい小説だね。しかし著者はある章で間違いを犯しているよ。太陽が一日に二度昇るんだ』。それがディラックのドストエフスキーに関する感想の全てだったとは。

エピソード (5) 上記のカッピアの家で奥さんがニットのセーターを編んでいるのを数時間見ていて、帰り際に興奮して『今私は位相数学的な問題に興味を持ってセータの編み方が二種類ある事に気がついたよ。』『一つは今あなたが編んでいる方法でもう一つは』といって彼自身で編み始めた。それをみてカッピアの奥さんは『ポール、それは女性にはよく知られた編み方で裏編みというのよ』!!

エピソード(6) ある講演で質問がでた。『黒板の左上の式がどのように導かれたのかよく理解できないのですが?』と聞いた所、ディラックは少し切れて『これは質問ではありませんね。コメントです。ハイ次の質問』と言った。

この後は量子力学発展の萌芽が含まれている話。ファインマンがディラックと話をした折に下記のような会話が残されています。ファインマンはディラックの最小作用の法則の適用で古典力学と量子力学の類似性を示唆した論文が大変気になっていて、それは比例しているという事だと考えていたのです。
1946年プリンストン大学200周年記念の学会でたまたまディラックが一人でくつろいでいる所を見つけてぜひ本人にその真意を確認したいと思って話しかけたのです..
ファインマン:両者が比例関係にあると気づいておられましたか?
ディラック:そんな関係が?
ファインマン:はい、あるんです。
ディラック:それは面白い。
といってディラックは立ち上がっていってしまったのです。話がうまいファインマンでもこの有様。ディラックは他の人と議論をするという事があまり無かったのですね。

古典解析力学でラグランジェの運動方程式では運動は一つの経路としてあらわされ、実際の運動の経路はその最小になると考えます。その概念を工夫して量子力学にも当てはまることをディラックは見抜いたのでした。それをヒントにファインマンが具現化し、無限に広がる経路の和が量子力学で考える有限時間の振幅であると規定しました。この方法はいろいろな応用解法に強力な手段となったのです。

上記の経緯でファインマンはこのアイデアに触発され経路積分という概念をもつ新しい量子力学の表現方法を導きだしたのでしたが、常々『どうして私の業績というのかな。すでにディラックが全部やっていたのだよ』といっていたとか。ファインマンは後にディラック記念講演(1986年)でディラックは私のヒーローでしたと述べてこの考え方を披露しています。またノーベル賞講演でもディラックの考え方を披露しています。多分この話の基になったディラックの小論文(5ページ)の1ページ目をここに掲載しました。題目は控えめに"On the analogy Between Classical and Quantum Mecahnics"となっています。

スクリーンショット(2010-12-25 0.03.32)
論文の一部

全編はこちら

無口で単独で仕事をするというディラックでしたが、彼の頭脳からはとても素晴らしいアイデアが湧き出ていました。実験データを見ながら分析を行いその背後に隠れている理論を構築していくボトムアップ方法ではなくて、数学的に理論をトップダウンで構築する手法ですね。数式を見てどうもこれは正しくないと感じる才能があったのでしょうか。天才と言われている人たちはこの傾向があるようです。南部陽一郎博士が新聞記者に『英語で考えるのですか?それとも日本語ですか?』と聞かれたときに『いいえ、私は数式で考えます』と答えたそうですね。

ディラックの手書きの論文の一部を示します。迷い無く一直線に数式を展開しています。モーッアルトの楽譜も書き下ろされたものはすごく綺麗であったと言われています。ディラックは式を書く前にすでに頭の中でイメージと計算が出来上がっていたのではないでしょうか。

スクリーンショット(2010-12-25 0.01.29)
手書きの数式

ディラックは晩年の講演で、本当に自然を描写する理論は美しい数式によって構築されるといっています。ニュートンの運動方程式を見れば力はその物体の加速度に比例し、その比例定数が質量となり、大変すっきりした数式で物体の運動を全てあらわすことができるというものでした。数学者のラグランジェやハミルトンが更に磨きをかけました。これがディラックの言う美しい数式です。アインシュタインの重力方程式も彼の理にかなうものでした。

そのような観点から見ると、後に量子電磁力学で採用されている『くりこみ論』をお気に召さなくするのですが。『くりこみ』とは計算上発生する無限大を実際の有限亜データに置き換えて計算を進めるという手法で、この『くりこみ論』は前述のファインマン、シュウインガー、朝永振一郎が独自に発展させた手法でこの3人はこの功績でノーベル賞を獲得しました。ディラックは数式に無視できる位小さい数字はゼロと置いてもいいが、無限大を有限な値と考える手法は数学的に見ておかしいと感じていたようです。しかしながら『くりこみ論』よって実験結果を驚くほどの精度で計算できることはたしかでした。ディラックは『くりこみ』はまだ理論で言えば途中の未完成なもので必ずその背後には数学的に矛盾の無い理論が隠れているといっています。

ニュートン運動方程式
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量子力学には当時2種類の描写がありました。一つはハイゼンベルグが提唱した行列力学、もう一つはシュレディンガーの提唱した波動関数で描写する力学。ここで一番大きな問題になったのが ab-ba=0にならないという事実。非可換性という問題です。ディラックによればこれが量子力学の本質をついたものであったとの事。ここから有名な量子力学の本質である不確定性原理が導きだされるのです。がそれはまた別の機会に。

行列で現した物理量
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時間を含まないシュレディンガーの波動方程式
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結局両者は数学的に全く同じであることがデイラックの論文で判明するのです。またディラックはそれ以上に古典力学がポアソン括弧なる表記方法を使って量子力学とある対応関係にあるという(上記のファインマンの興味で述べたのと同じ)理論を構築しました。またその変換理論という考え方も導入して行列力学で表記したものを波動力学に変換できる事を示し、行列でやろうが、波動でやろうがそれは好みの問題という位置づけになってしまいました。

ディラックの有名な発見は相対論を考慮した量子力学の方程式です。沢山の解説が有り、あまりにも有名なので詳細は省略しますが、この式もディラックの基本的な考え方を反映しています。相対論を加味した方程式はディラック以前にも存在しており、それはシュレディンガーの波動方程式を(1)相対論で規定するエネルギー(静止エネルギーE=mc2を含める項)をつかって(2)非相対論的なエネルギーを訂正するというものでした。下記がその式でクラインの式と呼ばれているものです。

クラインの式
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しかし、この式ではうまく非相対論でできあがったシュレディンガーの波動方程式と矛盾する結果が出てくることが分かったのでした。ボーアや他の主流の人たちは波動方程式や行列力学でいろいろな電子の振る舞い等が説明できるので相対論に絡んだこのような式についてあまり関心が無かったようですが、ディラックは日夜考え抜いてとうとう新しい方程式を見つけたのです。この方程式は全く彼の頭の中で誕生したもので外部の実験データ等を参照したものではなかった事を付け加えておきましょう。それはシュレディンガーの式と同じく時間に関して1階微分の項を含んだものでした。クラインの式にある2階微分ではなかったのです。これも彼の変換理論に基づいた考え方であったのです。

ディラックの方程式
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相対論では物体のエネルギーは下記のように表す事ができます。
latex-image-1_20101226013248.png

副産物は相対論で規定されているエネルギーが平方根の形になっていて本当は正負の2通りの答があること。この負のエネルギーの取り扱いをどうするかというのが問題でした。ディラックは大胆にも反物質という概念を導入し、電子に対してはマイナスの同じ電荷量を持った粒子が存在すると予言したのです。まさしくそれは後でアンダーソンによって霧箱実験で発見されました。この概念は当時わかりにくく相当物議をかましたようです。我々の世界とは別の反物質世界があるという事だったので。しかし..今日現在この反粒子(陽電子:Positronと呼んでいます。)は医療分野で生体機能を観察することに使われるPET(Positron Emission Tomography)になんの不思議も無く利用されています。ディラックもそこまで想像できたかどうか、興味があります。

少し前の方で触れましたが、ディラックはまた電子と光の相互作用についての研究も行っています。これが量子電磁力学(QED)の始まりでありました。今日我々が体験できるLED照明はこの光と電子のエネルギーのやり取りがもたらす現象を利用したものです。ファインマン、シュウインガー、朝永振一郎博士達によってこの分野の発展を見ることができました。

531px-PET-image.jpg LED.png

PETで映像された脳         LED ダイオード

最初の功績からあまり時間が経たないうちにシュレディンガーと一緒に量子力学発展の功績で1933年ノーベル賞を受賞し、ケンブリッジのルーカス教授の地位を与えられました。この教授職はニュートンも勤めたきわめて名誉な職だそうです。

彼の死後物理学に対する貢献をたたえてディラックはウエストミンスター寺院のニュートンの墓の隣に葬られました。弔辞は現在のケンブリッジ、ルーカス教授の地位にあるスティーブン・ホーキングによって捧げられました。

ディラックの遺したもの:なくなってから更に物理学の発展に影響を及ぼした遺産。
1. 量子力学の教科書 この本は絶版になった事は一度も無く今日なお最も洞察に富み、洗練された入門書
2. ディラックが導入したスピンは今後のナノテクノロジーで大きな役目を担うかもしれない。新しい概念のトランジスター等。
3. 相対論的な場の量子論:原子核のプロセスを説明する手段
4. 幾何学的アプローチによる磁気単極子(モノポール)の予測。
5. 化学元素の異なる同位体を分離する方法:また実用に至っていないが新素材の分野での活躍の可能性がある。
6. 繰り込み論に反対で、その時点での量子力学の理論的な未熟さを指摘していたが、最近調弦理論等の統一論が出てその場合は繰り込みが必要な無限大が出てこない。つまりディラックが成し遂げられなかった新しい勝つ講義に適用できる理論の構築が始まっている。
上記のように亡くなった今もディラックが取り組んだ問題は現在の物理学の発展の礎になっており、少なくともその幾つかは我々一般人も恩恵にあずかっているのですね。

参考文献
- 量子の海、ディラックの深淵 グレアムファメーロ 早川書房
- Lecture on Quantum Mechanics PAM Dirac, Dover Publication
- ディラック現代物理学講義 PAM ディラック ちくま学芸文庫
- 物理学天才列伝 ウイリアム クロッパー ブルーバックス講談社
- 光と物質のふしぎな理論 RPファインマン 岩波書店
- RP Feynman Novel Lecture "The Development of the Space-Time View of Quantum Electrodynamics".
- Thirty Years that shook Physics: The Story of Quantum Theory, George Gamow, Dover Publication
- The 1986 Dirac memorial Lectures 素粒子と物理法則:RPファインマン ちくま学芸文庫
- 上智大学公開講座:現代物理の為の数学2回目:解析力学と座標変換 (ラグランジェ運動方程式と最小作用)
- Wikipediaなど

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